2025/12/23 #盛愚市民こばなし 『神器を得てそれから』 営業部長のせいで退職者が続出している。 続きを読む人事部の苦労も考えてほしい。今はとにかく人手がほしいのに。 大侵攻で人がめいっぱい亡くなって――その手の犠牲は古今東西のこの国で起きてきたことだから、被害の多寡は論ずるところではない。 だからアレさえなければ人手不足がなんて嘆いてはいけない。 悪いのは、部長、部長、部長の態度だ。 魔神侵攻の悪いところは「受けた被害が一様ではない」ことである。 あの人は軽々に人の心の弱ったところを突いていく。 とりわけ、異界落ちした本人あるいは家族がいる者への嗅覚が凄まじい。 「最近どうですか」 ああ自分の胆力の無さがかなしいところ。 ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて部長に探りを入れていく。 「”日本刀”を買ったんだ。奮発しちゃったよ」 それを誰かに話したくてしょうがなかったのか部長はご機嫌だった。 日本刀、いいですね、身を守れますねとゴマをすれば「あんたは現世の危険をよくわかってる!」と上機嫌に絡まれた。酒も入っていないのに。 「剣道やってるんですか?」 「いや。でもでっかい刃物は怖いだろう、魔神だって」 ああなんとなく喫煙所の空気がどろりと歪んでいく。 部長がこちらを見つめていて、その目を見返すことが絶対にできない。 「それに逆恨みの連中だってあれでズバンだ」 「はは、逆恨みって」 「俺にちょっと痛いとこ突かれたからって此処から逃げてったヤツらだよ。最近多いだろう、その手の人間関係のこじれから事件起こす若者とか。根性がない」 「部長……」 「わかってるんなら、って思ってるんだろうきみも」 いつの間にか諌められている。 じわりと本能的な恐怖が喉からせり上がった。 こうべを垂れるか逃げ出すか、そのどちらかの道以外が切り落とされたような。 でもそれは決して敵意をぶつけられたのではなく、自分が簡単に握りつぶされる矮小な存在に思えただけ。 「でもこのままじゃうちの会社が……」 せめて何かを弁明しようと、ちっぽけな勇気を振り絞って顔をあげた。 でも自分にできたことは、部長の顔を真正面から見ることだけだった。 彼の瞳は真っ青で、鼻からは青い液体を流していた。 * 「令す六人部、秩序が主」 カチューシャを付けた少女が、諳んじながらリボン遊び。 「私が六人部なら足を切るけど」 誰かに語るように呟いた。 「逃げられたら支配できないし」 了畳む SS edit
『神器を得てそれから』
営業部長のせいで退職者が続出している。
人事部の苦労も考えてほしい。今はとにかく人手がほしいのに。
大侵攻で人がめいっぱい亡くなって――その手の犠牲は古今東西のこの国で起きてきたことだから、被害の多寡は論ずるところではない。
だからアレさえなければ人手不足がなんて嘆いてはいけない。
悪いのは、部長、部長、部長の態度だ。
魔神侵攻の悪いところは「受けた被害が一様ではない」ことである。
あの人は軽々に人の心の弱ったところを突いていく。
とりわけ、異界落ちした本人あるいは家族がいる者への嗅覚が凄まじい。
「最近どうですか」
ああ自分の胆力の無さがかなしいところ。
ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて部長に探りを入れていく。
「”日本刀”を買ったんだ。奮発しちゃったよ」
それを誰かに話したくてしょうがなかったのか部長はご機嫌だった。
日本刀、いいですね、身を守れますねとゴマをすれば「あんたは現世の危険をよくわかってる!」と上機嫌に絡まれた。酒も入っていないのに。
「剣道やってるんですか?」
「いや。でもでっかい刃物は怖いだろう、魔神だって」
ああなんとなく喫煙所の空気がどろりと歪んでいく。
部長がこちらを見つめていて、その目を見返すことが絶対にできない。
「それに逆恨みの連中だってあれでズバンだ」
「はは、逆恨みって」
「俺にちょっと痛いとこ突かれたからって此処から逃げてったヤツらだよ。最近多いだろう、その手の人間関係のこじれから事件起こす若者とか。根性がない」
「部長……」
「わかってるんなら、って思ってるんだろうきみも」
いつの間にか諌められている。
じわりと本能的な恐怖が喉からせり上がった。
こうべを垂れるか逃げ出すか、そのどちらかの道以外が切り落とされたような。
でもそれは決して敵意をぶつけられたのではなく、自分が簡単に握りつぶされる矮小な存在に思えただけ。
「でもこのままじゃうちの会社が……」
せめて何かを弁明しようと、ちっぽけな勇気を振り絞って顔をあげた。
でも自分にできたことは、部長の顔を真正面から見ることだけだった。
彼の瞳は真っ青で、鼻からは青い液体を流していた。
*
「令す六人部、秩序が主」
カチューシャを付けた少女が、諳んじながらリボン遊び。
「私が六人部なら足を切るけど」
誰かに語るように呟いた。
「逃げられたら支配できないし」
了畳む