(錯真トシオ視点)

 
『お店案内してください』
 志恩くんからのLINEだ。最近この街に越してきた彼は、いい店を知らないかと、事あるごとに俺に聞いてくる。「頼ってくれ!」と言い出したのはこっちだし、実際頼られるのはめちゃくちゃ嬉しい。

「今度は何を探してるの?」
 引っ越し前に家財道具を処分したらしく、彼とのお出かけは高頻度でインテリアショップを巡ることになる。部屋が整う頃には、俺たちの遊ぶ頻度も減っていくのかもしれないな。

 しかし、今回ふたりで訪れたのはペットショップだった。

「カメレオン飼おうと思って」
「カメレオン!?」

 もっとフワフワした生き物にしとけば良いのにと思ったけれど、いろんなゲージを見てニャハハと笑っている志恩くんには俺の助言は野暮ってもんだ。爬虫類が好きなのかな。彼のイメージには、あっているけれど。

「果物食べるタイプがいいです」
「こだわりあるねぇ?」
「カメレオンって、大体は生きてる虫を食わせなきゃいけないみたいで。初心者でも飼いやすいのが、果物食べるタイプらしいんです」

 スマホをすいすい操作しながら志恩くんが言う。よく調べていらっしゃる。俺なら飼いやすさとか考えず、見た目重視で選んじゃいそうだ。

「エボシカメレオンってのが良いんだっけ? こいつとかどう?」
 スマホで見せられた写真のと同じ種類のカメレオンを見つけたので声をかけた。志恩は小走りでこっちに来ると、目を薄く開いてカメレオンを睨みつけている。
「こいつとは気が合わない感じがしますね……」

 そう言って別のゲージを探す志恩くん。俺はフラれたカメレオンの説明書きを見て納得した。この子、メスだ。志恩くんは女の子が苦手だって言ってたけど、動物もダメなの? 難儀すぎる。

「カメレオンって結構お値段するんだねぇ」
「生き物は大概、値が張るものですよ」

 段ボールが積まれたままの部屋で、ご満悦な笑みを浮かべる志恩くん。あれから志恩くんと気が合いそうな子(つまりオスのカメレオン)をお迎えして、そのまま志恩くんの家まで運んだ。
 俺らはふたりとも車を持ってないから、歩いて帰るのはちょっとしんどかったけどまぁそれはいい。運動は大切だ。

「にしてもあんな金額ポンと出せるなんて。ボーナスでも出たの?」
 本当に何気なく聞いたのだが、俺を見る志恩くんの目は、一瞬小さく見開かれて、そのままぎゅっと目をつぶって。彼の、スゥ、という小さな呼吸が聞こえる。

「ボーナスですね」
 嘘だとすぐに分かった。

 志恩くんは俺から視線を外し、カメレオンの背を撫でて、またニャハハと笑っている。スマホでカメレオンの写真を撮り、誰かに送って、また撮って……と彼の様子を眺めていたら俺にも写真が送られて来た。わざわざフィルタまでかけて。産まれたての写真が、古い画像のように見える。

「名前なんにすんの?」
 俺は志恩くんのベッドに腰掛け、カメレオンとの交流に興じる彼を離れた位置から眺めている。

「悩みますね」
 そうこう言っている間に、段ボール箱はいくつか移動されて、カメレオンのための空間が完成した。時々「ヒュイー!」と声が聞こえる。カメレオンってそんな声で鳴くんだ。

「なーあ、カメレオンばっかじゃなくて俺にも構ってよ~」
「なに彼女みたいなこと言ってるんですか」

 今、確実に最後にかっこわらいみたいなニュアンス入ったな。俺に構ってくれるためなのか、志恩くんはコーヒーをベッドサイドまで持って来てくれる。

「錯真さんはペット飼わないんですか?」
「飼わない、飼わない」
 死に場所探しの旅行計画を巡らせる俺がペットを飼うなんて不毛すぎる。なんてこと志恩くんに言える訳がないので、口を噤んでベッドに横になる。

「カメレオンの色が変わったら教えてよ」
「この子はそういうアトラクションじゃないんですよ……」
 呆れたように言う志恩くん。そろそろ俺のポジションが『頼れる年上のお兄さん』から『そうでもない年上の男』に変わっちゃいそうだ。

「今度はソファが欲しいと思うんです。ブランドはあたりをつけてるので」
「いろいろ買うねぇ」

 俺を見下ろす志恩くんの顔には影。なにか良くないことがあったのかなぁとぼんやり認識する。それを聞き出すほどの仲ではまだ無い気がする。それとも踏み出していいものだろうか。

 誰も相手にしてないのに、カメレオンが「ヒュイー!」と鳴く。自己主張が激しめの個体のようだ。
「……錯真さん、死ぬって、たぶん痛いですよ」

 志恩くんの方から踏み込んできた。積極的なのは、お兄さんは嫌いじゃないぞ。

「俺だって別に痛い思いしたいわけじゃないよ……志恩くん、何かあったんなら俺が聞くけれど、どうする?」
「その前に友達にメッセージ返すので待って下さい」
「マイペースな子!」

 遠くから俺を見るカメレオン、重ねられた段ボール箱の上、乱雑に置かれたCD、看護の教習の本、映画のDVD、ファッション雑誌、くしゃくしゃのチケット……あのチケット貰えないかなぁ、今日のお礼にかこつけて。ちょうど次の”作品”の、材料が欲しいと思っているんだ。

 カメレオンはこちらを睨んでいる。大丈夫、悪いようにはしないから。